白鬚神社・白鬚大明神

 百済系渡来人の神が祭られ、太古より生き続ける木々の緑が繁る
言い伝えによると、白鬚神社は現在の北方、古くから山岳信仰の行場であった白鬚権現山から天長2(825)年現在の所に鎮座、明治初年多賀神社と称し、昭和6年から白鬚神社と呼んだ。境内には樹齢800年~1000年の楠や杉が繁り、牛馬の守護神として内外の参詣も多かった。藩制時代秋月藩の信仰も篤く、雨乞祈願、病気平癒のため藩主や藩主代参の記録も残っている。
文化15(1818)年清武の儒学者、安井滄州と二男南陽(息軒)が延岡往復の旅の帰路で、唐瀬原を通り白鬚宮に参詣した記録が残っている。滄州父子は俳諧に通じ漢詩に堪能で、唐瀬原や白鬚神社での作品、旅日記「卯の花」を残している。

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